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[2040 RSMV SS] Near Christmas

Published on March 7, 2026 by acorn_field

R/M LAND 4 展示作品 : クリスマスツリー販売店で働く20代前半のブラッドリーを訪れた40代前半のマーベリック. 翻訳家の方の翻訳とfishmoさん(@booboofish88)に手伝ってもらいました。改めて感謝いたします!


聖堂の隣の公園に簡易的に建てられたクリスマスツリー売り場の看板は、早い昼間からクリスマスのイルミネーションに巻かれて光っていた。すぐにでも雪が降り出しそうなほど重い雲が空を暗く覆っていたおかげで、ピートは一ブロック先からでも迷わずその看板を見つけることができた。サンクスギビングが終わるといつも訪れる年末の期待感が、周囲を包む針葉樹の深い香りと共にその大きさを増していき、彼の首筋をくすぐった。

販売台を過ぎて公園の中へ入ると、広い空間を満たすように見事に並んだ木々の間は人だかりで賑わっていた。幸せな笑い声や盛り上がった雑談の中、木を払ったり、運搬のために縛ったりする機械が、絶え間なく騒々しい存在感を放っていた。もう少しでも立派な木を探そうとあちらこちらを見回す父親と息子の隣では、赤いほっぺたの子どもに針葉樹の小さな葉を手渡しながら、幸せそうに微笑む母親が何か助言をしていた。

たった数日前まで、戦闘機の轟音や、果てしない大海の波の音、そして心拍のように絶え間なく響く空母の機械音に慣れていたピートは、周囲を包むすべての平和がかえって不便に感じられた。

聖堂のステンドグラスに刻まれた聖人たちが、彼を見下ろしていた。首から下げた名札が、彼の肌に冷たく食い込む。ここは、自分のいるべき場所ではない。緊張で強張った体に気づいた途端、心拍が勝手に暴れ始めた。

クリスマスツリー売り場でパートタイマーとして働くことになったというブラッドリーの手紙の内容だけを頼りに、他の情報を何一つ持たずに道へ出たことが、そもそもの間違いだった。予定より数日早く派兵が終わり、ブラッドショー・ハウスへ戻る途中で、自宅近くの聖堂のクリスマスツリー売り場を見かけ、当然そこだろうと思い込んでしまったのだ。町は別に小さくもなければ、クリスマスツリーを売っている場所もここだけではないというのに。 ちゃんと考えろよ、マーヴェリック――。今さら自分を責めても、何も変わりはしない。すでに苦しくなり始めた呼吸に、目眩が混じってきた。

基地を出ていったとき、近くで反戦デモをしていた人々から向けられた軽蔑の視線が、記憶の底から這い上がり、ピートの背筋を凍らせた。できるだけ人目を引かないようにと身をかがめた彼は、自分の足取りと床だけに意識を集中させながら、出口へ向かって素早く歩を進めた。ここから自宅が近いという事実だけが、唯一の救いだった。 彼が文字一つ一つをすでに暗記してしまうほど読み返したブラッドリーの手紙には、少年は朝から晩まで働き、疲れていても楽しいと綴っていた。操縦席を離れたピートが、ただ安心して安らぎを求められる、この世で唯一の場所――ブラッドショー・ハウス。しばらくそこで頭を冷やせば、夕方に帰ってくるブラッドリーの前で、みっともない姿を見せずにすむはずだ。

ブラッドショー・ハウス。ブラッドリー。 周りのすべてを無視し、その温かなぬくもりを思い出すだけで、張りつめていた胸が少し楽になった。

大柄な男が肩の上にツリーを持ち上げた瞬間、ピートの前に影が差した。地面だけを見つめ、力強く歩いていた小柄なピートはその男にぶつかり、次の瞬間には一本の木と男二人が床へ転がっていた。

「Shit—fuck, I’m so sorry, sir! Are you okay? I didn’t see you walking by.」(はっ、やば!すみません、お客さん!大丈夫ですか?お姿が見えませんでした)

「It’s, I’m okay. It’s my fault.」(いや、大丈夫です。僕が不注意でした)

慌てながら先に立ち上がった男は、あたふたと謝りながらピートに手を差し出した。予想外の事故に驚き、息が上がっていたピートは、男と視線を合わせることすらできず、頭を下げたまま、しっとりと滲んだ視界をジャケットの袖で素早くこすった。

「No, I’m sorry. I should’ve been more careful. Here, let’s get you up.」(いえ、ごめんなさい。もっと気をつけるべきだったのに。はい、どうぞ)

ピートの腕を握った男は、彼の体を軽々と引き起こして立たせてくれた。慌ててふらつく腰を、大きな手のひらがしっかり支えてくれる。針葉樹の濃い香りと、かすかなアップルサイダーの香りの向こうから、どこか馴染みのある体の匂いがピートの鼻先をかすめた。そして―― はっと顔を上げたピートの目の前に立っていたのは、ここ数ヶ月間、彼が慕い続けてきた“あの少年”だった。

「Maverick?」(マーヴェリック?)

少年の驚きと焦りは束の間のことであった。

「Mav!」

再び彼の名前を叫んだブラッドリーが、まだ緊張で硬くなっているピートの体を精一杯抱きしめ、空中にふっと持ち上げた。

「Oh my god! I can’t believe this! Thought you’d be back next week!」(まさか! 信じらんない! 帰ってくるのは来週くらいだと思ってたのに!)

肺がぎゅっと押しつぶされるような、少年の情熱的な歓迎に、張りつめていた緊張がようやくほぐれ、ピートはただ笑うしかなかった。頬に触れるブラッドリーの首筋から、熱い息が上がってくる。操縦席を離れてから初めて空中に浮いたピートは、自分がまだ生きているのだとようやく実感した。 少年の体温を吸い込むたびに高ぶっていく感情をどうにか飲み込みながら、再び地面に降ろされたピートは、やっとブラッドリーとしっかり向き合った。木の樹液で少しべたついたブラッドリーのジャケットに触れながら、誇らしげなまなざしで少年の姿をなぞった。

「You got big, kid!」(大きくなったな、kid!)

肩や腕を揉むピートの手の下、分厚いジャケット越しにも、しっかりと鍛えられた体つきをはっきり感じ取ることができた。いつの間にか身長に見合う筋肉がついたのか、以前会った頃よりも数インチほど背が伸びたように見える。

「I’ve been big since junior high.」(高校の頃から大きかっただよ)

ふざけたようにビクビクと笑いながら、ピートの手を押しのけようとするブラッドリーの耳たぶは真っ赤になっていた。 ――しまった。 ピートは慌てて一歩下がった。もう立派な大人になったというのに、また勝手に子ども扱いしてしまった。両親に似て優しいブラッドリーだから、自分の気の利かないところもいつも理解してくれるが、もし相手が別の誰かだったなら、とっくにうんざりされて離れられていたに違いない。

もう自分の保護を必要としないブラッドリーの温かな気遣いを受けられる時間も、あとわずかだ。いつか幸せな家庭を築くことになる少年の隣にくっついて、いつまでも負担になっているわけにはいかない。幸せそうにクリスマスツリーを選ぶブラッドリーと彼の家族。その間に、旧世代の、何の役にも立たない遺物のような自分が居られるはずもない。そうした重い想念が一気に脳内を満たすと、しばらく追いやられていた鋭い不安が、再び心臓の底から這い上がってきた。

「Hey」

二人の距離を縮めて近づいてきたのは、眉間にわずかにしわを寄せたブラッドリーだった。手袋を外した大きな両手のぬくもりが、冷え切っていたピートの頬をそっと溶かした。

「Is… everything okay, Mav? Did something happen? Is that why you are here early?」(マーヴ、大丈夫? 何かあったの? だから早く帰ってきたの?)

心配で満ちたヘーゼル色の瞳が、まるでピートの心臓の奥まで見抜いているようだった。当たり前ではないお前の、その優しい愛情が尽きてしまうまで、あとどれくらい残っているのだろうか。戦争の恐怖と不安に傷つき、救いを求める魂が、喉の奥からずるりと這い上がってきた――少年には知られたくないままの、それが。

「I’m…」(俺は——)

「Bradshaw! What’s taking so long? Are ya growing a tree there?」(ブラッドショー! 時間かかりすぎだろ! 木でも育ててんのか!)

「Shit, sorry! Coming!」(はっ、すみません! 今行きます!)

販売台の近くでブラッドリーを呼ぶガラガラの声が、ピートの言葉を遮った。驚いたピートは息をのむと、ブラッドリーの手から離れて一歩後ずさった。もう少しで、自分だけのものではいられない醜い欲望が顔を出すところだったと気づいた瞬間、背骨に沿って冷たい汗が流れた。自分を呼ぶ声に振り返ったブラッドリーが、その一瞬の自分の表情を見なかったのは救いだった。

「Shit, uh…」(クッソー、あ…)

ピートの肩を掴んでしばらく周りを見回したブラッドリーが、道の向こう側の小さな店を指さした。

「Right. There’s a small bakery across the street handing out hot apple cider for free for us. Would you get one for me? Take some sips, too. It’ll warm you up.」(見て。あそこ、向こうに小さなパン屋さんがあるんだけど、いつもここで働く人たちに、あったかいアップルサイダーを差し入れしてくれるんだ。俺の分、代わりに飲んでくれない? 少しくらい飲んでいいよ、体あったまるから。)

「Sure thing, kid.」(もちろんだよ、kid。)

普段の慣れた微笑みを取り戻したピートを、まだどこか心配そうな目でじっと見ていたブラッドリーは、もう一度自分を呼ぶ声に「すぐ行きますよ!」と返事しながら、床に置かれた九フィートはゆうに超えているであろう、自分の体と同じくらいの大きさの木を、肩の上にひょいと持ち上げた。

「I’ll meet you there in few minutes!」(すぐ行くから、またあとで!)

まるで重くもなさそうに木を背負い、早足で販売台へ向かうブラッドリーの後ろ姿に、その場から足を動かせないまま立ち尽くしているピートの視線は縛りつけられた。 賑わう人波と、高くそびえる針葉樹のあいだへ少年の姿が消えていくのを見届けてから、ピートは道の向こうの店へ向けて歩き出した。

「Hope you are hungry, Mav. Lunch is on me. I’ve got the rest of the day off too.」(マーヴ、腹減ってんならいいじゃん! 昼メシ、俺が奢るよ。今日の仕事、残りは抜けさせてもらったし!)

熱々のアップルサイダーを受け取ったピートが窓際の席を確保すると、まもなくブラッドリーもカフェの中へ駆け込んできた。分厚い現金封筒を誇らしげに振って見せる少年の浮かれた声に、ピートの口元がふっとゆるんだ。

「There’s a new Italian restaurant nearby that everyone at the lot was talking about.」(この辺にさ、新しくイタリアンの店ができたんだって。売り場の人たちが全員その話しててさ。)

「Are you sure? I know you worked your ass off for that.」(本気か? 一生懸命働いて稼いだ金だろ。)

「Of course I’m sure! I’ve been wanting to take you some place nice for once with my hard earned money, Mav.」(本気に決まってるでしょ! ちゃんと働いて稼いだ金で、一回でいいから、マーヴと立派な店に行ってみたかったんだ!)

満面の笑みを浮かべる少年の顔には、ピートが今でも覚えているブラッドショーの面影がそのまま残っていた。相変わらず子どものように見えるのに、その分ぐっと大人びてもいた。次に会うときには、またどれほど成長しているのだろう。

いつ来るのかわからない未来への漠然とした不安を胸の奥に押し込み、ピートは心からの微笑みを浮かべた。二度と戻らない、ブラッドリーとのひとつひとつの時間が何より大切だった。両親に似て優しいこの少年が、自分をそばに置いてくれる時間が、一日でも長く続くように――そう祈るしかなかった。

「You’re a good kid, Bradley. I’m proud of you.」(君はほんと、いい奴だよブラッドリー。……本気で誇らしい。)

ピートのすべての愛情を込めた褒め言葉に頬が赤く染まった少年は、答えの代わりに空咳をしながら、何となく視線を窓の外側へと向けた。

「Hmm, uh... Shall we head out, then?」(ん、えっと……じゃあ、行こっか。)

横目でこちらを見ながら、首筋まで真っ赤にしているブラッドリーを見て、ピートは隠しきれない笑みを漏らした。今年の早めのクリスマスプレゼントには、本人が絶対に直接手渡しでは受け取らないであろうお小遣いを、もう少し多めに入れてやろうか。

「—Just a nice dinner, nothing more. Yeah?」(ーだから夕飯でも、二人で食おうぜ、なぁ)

そのとき—— カウンターのほうから、かすかに聞こえるものの、どこか威圧的な声が、席を立とうとしていた二人の耳を引き寄せた。

「Look, I’ve told you many times that I’m not interested. I’ll have to call the cops if you keep come back here.」(だから、興味ないって何度も言ったじゃないの。……こうなると警察呼ぶしかないわよ。)

中年の店主は、鋭い声で突き放すように、カウンターの前の男に言い返した。痴話喧嘩で片づけるには男の態度はあまりに攻撃的で、落ち着いて対応している店主の両手は、エプロンを握りしめたまま小さく震えていた。 アップルサイダーを出してくれた時も、ブラッドリーのことを褒めてやまなかった、あの優しい女性だ。

何か起こる前に声をかけたほうがいいと思い、ピートが席を静かに立ち上がると、ブラッドリーも同じように立ち上がった。 だがその瞬間、ピートは少年の肩をつかみ、そのまま椅子に戻した。

「Stay here, kid.」(座ってろ、kid)

「Mav」

「Bradley. I’m not asking.」(ブラッドリー。これは頼みじゃない)

少し反抗的なまなざしを向けたブラッドリーだったが、ピートの断固とした眼差しにすぐうなずき、彼の手の動きに従うように肩の力を抜いた。 大丈夫だ、というように努めて薄く笑ってみせたピートは、少年の肩を二度軽く叩き、カウンターへ歩み寄った。 一歩後ろからでも漂ってくる酒の匂いが、ピートの敏感な嗅覚を強烈に刺激した。

「Is there anything I can help you with, mister?」(すみません、手伝いしましょうか)

ピートを上から下までざっと見下ろした男は、あからさまに敵意を顔に浮かべた。

「Fuck off. I’m talking to her.」(どけ。今話してんだろ!)

「She doesn’t seem to appreciate that. Did I read that right, Alice?」(相手の方は、あんまり楽しそうじゃないけどな。……そうだろ、アリス?)

ピートの静かな問いに、店主はうなずきながら彼の後ろへ下がり、招かれざる客を鋭くにらみつけた。思い通りにならない状況に腹を立てた男の顔が、いら立ちで険しくゆがむ。 これ以上刺激しないようにと、努めて親しげな笑みを浮かべながら、ピートは顎で店の出口を示した。

「Why don’t we step outside for a moment, buddy? I think you could use some fresh air.」(ちょっと外にでも出て気晴らししてこいよ。新鮮な空気、吸ったほうがいいぞ。)

「I'm not your fucking 'buddy,' motherfucker!」(俺はてめぇなんかの友達じゃねえよ、このクソ野郎が!)

顔を真っ赤にしてピートをにらみつけていた男は、カウンター上に置かれたコーヒーポットを突然つかみ上げた。男の背はピートよりわずかに高い。 その手から狙いをつけて振り下ろされれば、熱い中身がピートの顔面にかかるのは避けられない。だが——ピートがよければ、その後ろで驚いて息をのんだ店主に熱湯が飛ぶことも明らかだった。ピートはその場を動かず、反射的に体をひねり、腕を上げて顔をかばった。

小さな店に、ドタバタという衝撃音と、鋭い悲鳴がほぼ同時に響き渡った。

自分の体に走った熱気が、ぐらぐらと煮え立つコーヒーから来たものではないと気づくまでに、数秒かかった。

「Bradley!」(ブラッドリー!)

「—ah, shit. fuck! Are you... Are you okay, Mav?」(——あっ、くそ……! マーヴ、大丈夫か!)

彼に覆いかぶさっていたブラッドリーのジャケットの中で、驚いて身を離したピートが、青ざめた顔で少年の体を確かめた。

「Oh no, Bradley! Where?! Where did you get hurt?」(なんてこった……ブラッドリー! どこだ? どこをやられた?)

「Just, shit, my hand, I think.」(いや……くそ、手だけみたいです。)

カウンターの裏に飛んでいったコーヒーポットは、まだ湯気を上げるコーヒーを床にぶちまけたまま転がっていた。濡れたジャケットの袖をめくると、あらわになった大きな手の甲には、赤く腫れた火傷跡がくっきり残っていた。

男がコーヒーを撒くのと同時に、 ブラッドリーは反射的に手でそれを払ったのだろう。 もし一歩間違えていたら、少年は顔に深刻な火傷を負っていた—— そのありえた未来が、ピートの呼吸を一気に苦しくさせた。

「Here, wrap it around your hand.」(ほら、これを巻きなさい)

「Thank you. That feels better already. I don't think it's a bad burn.」(ありがとう……いや、大丈夫だ。たぶんそんなひどくない。)

すぐ側へ駆け寄ってきた店主が差し出した冷たいハンカチを受け取り、手に巻きつけたブラッドリーは、痛みをこらえながらも優しく笑った。

「Fucking fags! You'd better—」(クッソ汚ねぇホモ野郎が!)

自分の脅しにも動じない二人に、男はさらに逆上し、荒い息のままふらつきながら近づいてきて、ブラッドリーの肩をつかんだ。

最後の飛行以来、勝手に荒れ狂っていた感情の起伏で、すでに張りつめていた神経は、ピートから容赦なく忍耐力を奪っていった。どんな理由であれ、民間人と争っていいはずがないことは頭でわかっていた。命の危険がない以上、それは絶対にやってはいけない。だが、一生行き場もなく溜まり続けてきた怒りや恨みが、ほんの一瞬の隙をついて理性を突き破った。

「Keep your mouth shut if you want to keep your teeth.」(歯が欲しけりゃ、顎に力入れとけよ。)

男の胸ぐらをつかんだまま、ブラッドリーから二歩ほど強く突き放したピートは、低く唸りながら歯を食いしばった。 思いもよらない威圧的な態度に、男は凍りついたように黙り込んだ。引き締まった筋肉で鍛えられた手で相手をつかみ、怯えた目でこちらを見る——

そんな光景を目にするのは、本当に久しぶりだった。 乱暴を最後に振るってから、すでに半生が過ぎていたが、どこをどう殴れば戦闘機やバイクの操縦に支障が出ないかくらいは、体が覚えていた。今にも男の顔に突き刺さりそうなほど力のこもった拳を、 ブラッドリーが素早くつかみ、彼の前に飛び出すように立ちはだかった。

「Mav, Maverick. Let's go. It’s not worth it.」(マーヴ。……マーヴェリック、行こう。こんなことする価値ないよ。)

「Move, kid.」(どけ、kid)

ピートがこんな荒い声をブラッドリーに向けたのは、生まれて初めてだった。 冷たく研ぎ澄まされた怒りの視線は、まだ男に向けられている。

ブラッドリーはさらに体を寄せ、ピートの視界を完全にふさぎ、 腰をかがめて目線を合わせてきた。

「Pete. Look at me.」(ピート。俺を見て)

ブラッドリーが、あんな低くも静かな声でピートに命令をするのも初めてのことであった。上がった視線に見えてきたのは、自分をなだめようとする少年の優しい微笑みだった。

「I’m fine. Nobody’s hurt. This isn’t going to solve anything.」(俺は大丈夫だよ。誰も怪我してない。こんなことしても……何も残らないじゃないですか。)

心配そうな眼差しでまっすぐ向き合ってくるブラッドリーの言葉に、ピートの心臓は一瞬きゅっと縮み上がった。昔——いつか、グースも同じようなことを言ったことがある。 割れた酒瓶で眉の下を切り、血を流しながらも、彼をそんな目に遭わせた相手を殴り倒そうとしていた自分を、「こんなことしたら営倉行きだぞ」と笑って止めてくれた

「Could you let go of him, please? For me?」(この人、離してくれないか。……俺のためにも。お願い。)

“新しいパイロット探さなきゃいけない俺の立場も考えてくれよ” そんな軽口を叩けたグースとは違い、目の前のブラッドリーは必死に微笑もうとしているのに、その顔には隠しきれない緊張と不安が滲んでいた。怒りで周りが見えていなかったピートは、自分の拳を包んでいるブラッドリーの手が、かすかに震えていることにようやく気づいた。自分は今、こんなにも年下の少年の前で……どんな姿を晒していたのか。目の前が暗く揺れた。

「I’m… I’m sorry.」(悪い…悪かった)

ようやく男の胸ぐらから手を離したピートは、消え入りそうな声で謝りながら後ずさった。 「汚い殺人犯!」 耳元で怒鳴っていたデモ隊の声が、なぜかブラッドリーの声と重なった気がした。 このまま消えてしまいたかった。ピートのそんな気持ちを読んだかのように、 ずっと手をつないでついてきていたブラッドリーが、ぎゅっと指を絡めて握り返した。

「It’s okay now. Let’s go home, please? I’m tired.」(もう大丈夫。……帰りましょう? もう疲れちゃった)

固くなったピートの肩をそっと揉むブラッドリーの声はとても優しかった。

店の騒ぎが外に聞こえたのか、その間に駆けつけた警官が二人、店に入ってきた。 「助けてくれてありがとう、あとで必ず寄ってね」と店主が協力的に証言してくれたおかげで、二人は何事もなく店を後にすることができた。

同僚たちにも店内での出来事を伝えておきたいと、クリスマスツリーの販売台に顔だけ出してくるというブラッドリーの言葉に、ピートはただ小さく頷いたまま、近くの並木にもたれかかり、足元の地面をじっと睨みつけていた。

成人したブラッドリーには、もう必要ないはずだった。それでも、どこか少しだけ残っていたかもしれない、彼からの信頼や尊敬を── 一瞬の感情に流されて、この手で踏みにじってしまったなんて。 恥ずかしさと、自分自身が崩れていくような感覚が胸に絡みつき、心臓が重く沈んだ。

空を切り裂くように飛び続けていれば、いつまでも若いままでいられるのだと、漠然と思い込んでいた。 だが四十を越えたのは、もう数年前のことだ。 同期の子どもたちは次々と士官学校に進学したり、早々に派兵されていた。 もし自分がいなければ、ブラッドリーもきっとその一人になっていた。来年もう一度受験するとき役に立つかもしれない、と、努めて明るい顔で名門の州立大学に出願し、あっさり奨学金まで手にしてしまったブラッドリー。 気づけばふっと大人になっていた彼は、いつもピートの助けなど必要ないと言わんばかりに振る舞っていた。

もう、何年も前から続いている、たった一つのお願いだけを除いて。

数週間後にはまた新年を迎え、ここ数年かけて念入りに準備してきた願書が、今年もブラッドリーの手から渡されることをピートは知っていた。 「今年こそ受かりそう」——去年も、彼はそう言っていたな。 今回も、自分のやり方がバレない保証はどこにもない。いや、今回はもう、自分ではなく他の信頼できる大人に頼むべきだろう。 他人の手で出願させるのなら、もっと積極的な手段を取れるはずだ。 キャロルとの約束でなくても、軍人として一生背負わなければならない重荷と死の影を、ブラッドリーから遠ざける覚悟は、もうとうにできていた。

たとえ、そのせいで彼のすべてを失うことになったとしても。

「Ma–v」

いつの間にか戻ってきていたブラッドリーの気配に、ピートは顔を上げた。 名前を呼ぶ声にあくびがまじり、少年はピートのそばにぴたりと寄り添った。軽く背伸びをしながら、自然な仕草でピートの肩に腕を回し、家へ戻る道へと歩き出す。

「Are you hungry right now?」(腹減ってる?)

「Not really, but I thought you were.」(別に。減ってんのは君だろ。)

「What’d you say we get some rest before going out for early dinner? I could use some shower and a nap, honestly.」(家で少し休んでから、早めに夕飯どう? お風呂入って、一息つきたい。)

再びあくびをしたブラッドリーが、ずっしりとした体重をピートの肩にもたせかけてくる。小さかったころは片腕で軽々抱え上げられた少年が、今では肩にこうして“重さ”を預けてくる方法を知っている。

「Sure, kid. That sounds good.」(いいぜ、kid。そうしようか)

大切なブラッドリーとの外食を、まだ胸に刺さったままの鋭い感情で台無しにしたくはなかった。 ブラッドショー・ハウスで数時間過ごせば、自分の心も少しは整えられるはずだとピートは思った。 肩に腕を回したままのブラッドリーは、何気ない日常の話をしながら、二人を家路へと導いていった。

家に着くなりジャケットを脱ぎ捨て、食卓の椅子に適当に引っかけたブラッドリーは、熊が吠えるような荒っぽいあくびを一つして、そのままソファに倒れ込んだ。

「Go to your room if you’re going to take a nap, kid.」(寝るならベッドで寝ろよ、kid。)

「Just need to lay down for a bit. My back is killing me right now. Lemme know when you’re done with the... shower…」(ちょっとだけ……腰がマジで死ぬ……。お風呂入ってから……起こしてください……)

「Come on, kid. No sleeping on the couch!」(マジかよ。ソファで寝るなって言っただろ。)

自分のジャケットと厚手のチェックシャツを脱いで、きちんとハンガーに掛けたピートは、床に散らばったままのブラッドリーのスニーカーを、自分の軍靴の横に揃えながら、笑い混じりに小言を漏らした。そしてソファに近づくと、ブラッドリーはすでに深い眠りに落ちていた。

寒い朝から体を酷使する仕事をした上、さっきの騒ぎもあったのだ。疲れ切っているのは当然だった。抱えて部屋に連れていこうかとも思ったが、服にはあちこち木の樹液がつき、固まり始めている。 このまま布団に入れるわけにはいかない。 少しだけ眠らせてから、あとで起こせばいいだろう。

トイレに向かう代わりに、ソファの隣のコーヒーテーブルに腰を下ろしたピートは、穏やかに眠りについた少年の顔をじっと見つめていた。本当に、気づけばグースに似てきたその顔には、いつの間にか薄い髭が伸び、その下にはよく目を凝らさなければわからないほど細かな傷や擦り傷が、首筋から頬にかけて散っていた。ざらついた葉を持つ木を運ぶ仕事なら、こういうものなのだろうか。 それでも、胸の奥に理由のわからない痛みが走った。ブラッドリーから届いた分厚い手紙には、 “短い冬休みのあいだにしっかり稼げること”、 “年末の空気を感じながら一日中人混みの中で働けること”、 ——そんなこと全部が気に入っていると書いてあった。

まだ真冬の冷気が残っている頬にそっと触れながら、ピートは親指で少年の下唇を軽くなでた。海風で傷むから朝晩リップクリームを塗りなさいと、ブラッドリーは手紙の中であれほど心配される側のことを気にしていたのに、実際に見てみれば、その口元には乾燥でひび割れた跡や、無理に剥がしてしまったような小さな傷が残っていた。

これも一日中外で働くせいなのだろうか。雑な訓練と飛行で固くなったピートの指先を、そのざらついた唇が、かすかに引っ掻いた。

元気に帰ってきなさいという願いと、会いたいという真心が込められた、あの大切な手紙には、何十本もの木を持ち上げては下ろす仕事がどれほど大変かとか、クリスマスツリーの飾り付けを心待ちにしている幸せな家族たちと一日中向き合ったあと、誰も待っていない冷たい家に帰るのがどれほど寂しいかとか、そういった甘えの言葉はひとつも書かれていなかった。

自分の子どもたちが愛しくて仕方がないほど、「だからこそ早く彼ら自身の道を歩んでほしい」 と言っていた同期の言葉を、ふと思い出した。 誰にも負けない愛情で育ててきたブラッドリーが、もっと大人になったとき——もしかしたら自分にも、あの気持ちが理解できる日が来るのだろうか、と漠然と思ったこともあった。日に日に成長していくブラッドリーを見ながらも、まだその時ではないと思っていた。 少年の姿にふと子どもの面影を見つけるたび、 「この子にはまだ俺が必要なんだ」 と、どこか甘えた自己満足を抱いていたのだ。だが今、自分の手の下で寒さと疲労に気絶するように眠り込んでいるブラッドリーは、もう子どもではなかった。

わかっていたはずなのに、その事実は改めてピートの胸に重くのしかかった。 自分の体より大きい木を難なく持ち上げ、 人々の中で自信に満ちた笑顔を見せながら会話していたブラッドリーの姿が脳裏に浮かぶ。そして危険な状況で即座に判断し、迷いなく行動したあの瞬間——彼の助けがなければ、自分も店のオーナーも、きっと大きな火傷を負っていた。

その一方で、自分はどうだ?一瞬の感情に飲まれ、現実的にはそれほど脅威でもない民間人の胸ぐらをつかみ、暴力を振るおうとしていたじゃないか。

国内外の情勢は最悪で、 ピートはすでに今回の派兵の途中で犯した命令違反によって、上官たちの目をつけられていた。非武装の民間人に拳を振るうようなことになっていたら——アメリカ海軍はメディアや世間から激しく糾弾され、自分は軍の生贄のように扱われ、不名誉除隊になっていたかもしれない。あの時、ブラッドリーが止めてくれなかったら……

ーPete. Look at me.

拳を包むように握りしめ、自分の名前を呼んでいたブラッドリーの、見たことのない表情がふいに脳裏に浮かび、首筋にぞくりと鳥肌が立った。これまで感じたことのない異様な熱が、心臓の奥から一気に湧き上がり、腹の底を強く締めつける。はっとして立ち上がろうとしたその瞬間、ピートの手首を、大きな手がしっかりとつかんだ。

「Mav」

いつから目を覚ましていたのだろうか。 いつの間にか身を起こし、こちらと視線を合わせてくるブラッドリーの目元は鋭かった。とうとう彼を怒らせてしまったのか。 手首を包む手のひらが、熱い。 激怒した上官に何時間も叱責されても動じなかったはずの心臓が、 いまは勝手に不安げに暴れ続けていた。

「I’m… sorry, Bradley.」(悪…かった、ブラッドリー)

中途半端に立ち上がった姿勢のまま、 視線すら合わせられず、息を切らせながら絞り出すように謝った。 後ろへ下がろうとするピートを追うように、 ブラッドリーも立ち上がって距離を詰めてくる。

「You know I’m an adult, don’t you?」(俺がもう大人だっていうこと、わかってるよね。)

「I… I know, Bradley. I didn’t mean to…」(もちろんだ、ブラッドリー……そんなつもりじゃなかった。)

「Pete」

再び呼ばれた名が、心臓を大きく揺らした。見下ろしてくるブラッドリーの瞳には、言葉では表せない強い感情が揺れていた。

「You are back home a week early, but you have been upset ever since I saw you today.」(一週間も早く帰って来て。今日一日中ずっと辛そうだった。)

「I’m not—」(そんなことない)

「Yes, you are. You are upset right now.」(あるでしょ。今だって。)

そっとピートの頬を包んだブラッドリーの手は、熱く、そして微かに震えていた。息が水の底に引きずり込まれるように苦しかった。浅くなる呼吸に視界が揺れる。訳もわからぬまま涙がこぼれ落ちると、その濡れた頬を指先でやさしく拭ったブラッドリーの視線が、不安に揺れた。

「Could you please tell me what happened?」(何があったのか……教えてくれないか。)

覆いかぶさるように視界いっぱいに広がった暗い瞳の向こうで、封じ込めようとしていた操縦席のミサイル警告音が蘇る。助かると信じていたウィングマンは、目の前で妻の名を遺言のように残しながら消えていき、上官の命令を無視して飛んだマーヴェリックの無謀なアクロバットは、半年間自分の分身として扱ってきたホーネットに、致命的な機体エラーを起こしていた。

——飛行だけ上手くやりゃマシって話じゃねぇだろ!命令違反が日常茶飯事のやつを、どの作戦で使えるってんだ!

ピートより何歳も年下の大佐の手の甲に腫れを残した右頬。その内側は海軍士官学校のリングくらいの大きさでぱっくり裂けていた。ここ数日はほぼ毎日のように呼びつけられ、八つ当たりみたいな蹴りを腹に食らい続けて—— ようやくアイスから電話が来て、その暴力じみた指導はやっと止んだ。 まともに追悼する時間すら与えられないまま、数週間あちこちに呼び出され、まるで追い払われるように陸へ戻されたピートは、年末休暇の承認が出ていたにもかかわらず、代わりに地球の裏側で停泊中の空母へ再派遣されることになっていた。

「…大した問題じゃない。僕は平気だ、キッド。心配いらないよ。でも……どうしたもんかな。ちょっとやらかしてさ、この年末、一緒にいられそうにねぇんだ。悪いな。」

いつものように軽く笑って言えるはずの言葉が、ひとつも喉から出てこなかった。何の役にも立てず、みっともないピート・ミッチェルの姿なんて、これ以上ブラッドリーに見せたくなかった。必死に首を振って後ろへ下がっても、ブラッドリーはその分だけ歩み寄ってくる。 背中が壁にぶつかり、もう逃げ場のないピートの頬を、大きな手が包み込んだ。こぼれる涙を、その手は何度もぬぐい取ってくれた。

「I know you can’t tell me everything, but you can tell me that you are not okay.」(全部言えってわけじゃない。でもさ……今、平気じゃないってことくらい、言えるだろ?)

「No, Bradley, I can’t.」(……無理だ、ブラッドリー。それは言えない。)

純粋な愛情に満ちたブラッドリーの視線を受け止めることができず、湿った息を震わせながら顔を向けたピートは、片手ではとても押し返せないブラッドリーの手首をつかみ、その胸から押しやった。

自分を表に出さなければ傷つくことはない──そう気づいたのは、まだ声変わりすら迎えていない幼い頃だった。 一生かけて積み上げてきた心の壁を、最初で最後に越えてきたのはグースだけだった。そのグースの空席を埋めるように、自分を必要としてくれるブラッドショーのためにも、ピートは前よりさらに固く、自分自身を閉ざすしかなかった。 誰かと温もりを分け合っても満たされることのない、骨の奥に染みついた深い孤独や古い傷は、 操縦席に座っている間だけは、思考の届かない場所へと消えていってくれた。

しかし、そんなピートの抵抗をものともしないブラッドリーは、さらに体を寄せてきた。しっとりとした頬を包む優しい両手に頭を預けると、触れ合った額のすぐ下で、二人の視線が静かに絡み合った。

「Look at me, Pete. I'm here for you. You can lean on me. Let me take care of you.」(僕を見て、ピート。ここにいるよ。寄りかかっていい。世話するから)

波のように絶え間なく押し寄せてくるブラッドリーの一途な愛情に、心臓が勝手に揺れていた。まるで春の日差しのような温もりを追って、傷跡の多い魂がその姿を現そうと、しきりに喉をかきむしりながら這い上がってきた。

「No matter what happens, I’ll be here for you, Pete. Trust me, please.」(何があっても、俺はずっとそばにいる。ピート……信じて。お願いだから)

「Bradley…」(ブラッドリー…)

まっすぐな彼の視線は、 絶えず涙を浮かべて揺れるピートの瞳の奥――その不安を、確かに見抜いていた。すっと通ったブラッドリーの鼻筋が、少し曲がったピートの鼻先に触れる。 針葉樹とアップルサイダーの残り香が混ざった、熱い息が触れ合った。冷たい壁と熱いブラッドリーの体のあいだに挟まれ、ピートの体はがたがたと震えた。

「I love you. I love you with all my heart, Pete.」(愛してる。心の全部をかけて……俺はあんたを愛してる、ピート)

感情に沈んだブラッドリーの声は、低く掠れ、ささやきになってピートの背中を震わせた。震える指先がピートの首筋をなぞり、そこから脇腹へと下りていく。一日中荒れた木を運んでいたその大きな手が腰に触れた瞬間、 触れたところから焼けつくような熱が走った。 ぎこちなく、それでも抑えようのない欲望がにじむ手の動き。その真っ直ぐすぎる気持ちに、ほとんど残っていない理性と良心が、重りのように胸に貼りついた。

…何気ない俺でも、全部あげたら……本当にお前は、俺のそばを離れないのか?どんなことがあっても?

見捨てられ傷つくことを恐れ、誰の前でも決して見せることのなかった弱い心が、喉の奥からせり上がってきた。湿った息をなんとか飲み込みながら、 ピートは目を閉じ、自分を包むブラッドリーの熱だけに神経を研ぎ澄ませた。

ピートは、自分の頬を包む手の甲をそっとなで、そのままブラッドリーの逞しい上腕へと指を滑らせた。広い肩に指先を立て、顔をわずかに上げる。 すぐ目の前で震えるブラッドリーの息が、唇に触れそうにかかった。

「Pete」

触れそうで触れない唇のあいだに、舌先をくすぐるほど熱いささやきが落ちてきた。ブラッドリーはピートの細い腰を急くように抱き寄せる。全身を包む熱と、鼻先をかすめる濃い体臭が、ピートの震える神経を容赦なく煽り立てた。 ――何があってもそばにいる、なんて。 若いからこそ言える、純粋で、残酷なほど虚しい約束にすぎない。 ブラッドリーの倍近い年月を生き、数えきれない傷を抱えてきたピートには、その言葉があまりにも眩しく、痛かった。

それにもかかわらず、ピートは自分の全てを賭けて、その純粋な約束を信じてみたいと思えた。

「I love you, Bradley.」(愛してる、ブラッドリー)

慎重に吐き出したその告白は、どんなささやきよりも静かだった。 短く訪れた沈黙のあと、もしかして聞こえなかったのでは――と胸によぎった不安を消し去ったのは、 ブラッドリーがそっと落とした、慎重な口づけだった。

指先で感じたものより柔らかくて温かい口付けに、戦慄が全身を走り出した。知らぬ間に力が入る指先がブラッドリーの背中を掻いた。低く喉を鳴らしたブラッドリーが彼の首筋を掴んだ。緊張したみたいに震える不器用な舌先が、許しを求めているみたいに、ピートのなめらかな唇を舐めた。

本来なら感じるべきの罪悪感の代わりに、高鳴る興奮が肌を這い上った。頭をひねり上げたピートは熱い舌を絡ませ、自分の小さな口の中を譲った。熱い呻きを喘いだブラッドリーは、性急に彼の肉を押し込んだ。不器用にあちこちへとさまよう肉の根元を優しく押さえつけ顔を反対側に向けると、緊張で固まっていた舌が場所を空けた。ピートは柔らかい内壁と歯を巧みに撫でて、熱く濡れた口の中がとろけるように、ゆっくりと深い口付けを交わしながら、筋肉逞しい背中と腰を撫でていった。喉を掻きむしるような荒い呻きを喘いだブラッドリーは顔を向け、熱い体をさらに密着させてきた。再び彼の口の中を満たす、厚みのある肉は、ピートの口付けをすぐに真似して、以前よりもねっとりと上顎をなぞった。

「Maverick. Pete. I love you.」(マーヴェリック。ピート。愛してる)

まだ湿り気の残る頬に、ブラッドリーは何度もそっと口づけを落としながら、低くささやいた。唇が触れたあとが温かく滲む。気づけば、熱を帯びた彼の手がシャツの裾から入り、外気にも晒されなかった素肌をゆっくりとなぞっていた。どこかで「これはいけない」と理解しているのに、ピートはどうしても少年の体温から離れられなかった。胸の奥で入り乱れる感情はすでに制御がきかず、これまで自覚すらなかった渇いた期待と、どうしようもないほど必死な渇望とで満たされていた。

これまでぎゅっと閉ざしていたまぶたを、そっと押し上げる。視界に入ってきたのは、二人の頭上に揺れているヤドリギだった。

その下で幸せそうに口づけを交わしていたグースとキャロル。 その隣で、きらきらと笑っていた幼いブラッドリー。 そして——彼を抱き上げ、柔らかい頬にそっと口づけを落としていた自分。 そんな遠い日の幸福な光景が、目前でゆらゆらと滲むように揺れた。

グース。キャロル…ごめんな。

刹那の想念に一瞬戸惑ったピートは、背中を沿ってジーパンの中へ入ってきた熱い手のひらに臀部をしっかり捕まえられ、首を反らしながら熱が上がった呻きをほとばしらせた。

「Brad, Bradley…」(ブラッド、ブラッドリー…)

「Shh, it's okay, Pete. I'm here.」(シー、大丈夫、ピート。俺、ここにいるから)

唇が触れるまで近く頭を下げたブラッドリーの低い声は、思いっきり詰まっては、かすれていた。そのまま唇を覆った彼の大きな手つきは、ピートの素肌をねっとりと上から下へと辿り、隠していない熱い欲望を赤裸々と表した。

お前と俺はどこへ向かってんだろうな、ブラッドリー。

ピートは少年の広い背中を、そっとさらに引き寄せながら、ぎゅっと目を閉じた。まばたきのたびに溢れ落ちる熱い涙が頬を伝い、絡め合った舌と情熱的に呼吸を交わす口づけのあいだへ、静かに混ざっていった。

家の前を通り過ぎる車から流れてきたクリスマス・キャロルが、閉ざされたドアの隙間を抜けて届き、すぐにまた遠ざかっていった。

本来なら一緒に過ごせなかったはずのクリスマスが、もうすぐそこまで近づいていた。


こんにちは!貴重なお時間をいただきありがとうございます。 去年の今頃、聖堂前の駐車場でクリスマスツリーを売っているところを訪れて思ったルマの話です。短い話でしたが、面白く読んでもらえたら嬉しいです😍 願書事件が起きる前、2040ぐらいの🐔🐺はお互いがあまりにも大切なだけにお互いに隠すことも多く、誰よりも近くてそれだけの壁が感じられると思います。

翻訳を手伝ってくれたfishmoさん(@booboofish88 (https://x.com/booboofish88))にもう一度大きな感謝の言葉を申し上げます! 恥ずかしいことに、日本語の実力はまだまだですが、fishmoさんが足りない文章をかっこよく書いてくれて、ブラッドリーとマーベリックの会話文ももっと自然に変えてくれたことが感じられました!

コメントがありましたら気軽に残してくださいよ! ありがとうございました! <3 https://wavebox.me/wave/7yppzaj6w92w9u1r/

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